言の葉の火葬場

心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく、書いて、吐いて、そうしてどこにもいけない、言葉達をせめて送ってあげたい。そんな火葬場。

青の話

今日もいい天気だ。 片手には、昨晩から良く冷やしておいた、緑色に赤い星マークの、パブでよくみる瓶ビール。水上コテージのテラスに置かれた真っ白なデッキチェアに深く腰掛け、それを一気に煽ると波が砕けるように、喉でじゅわりと発泡した。太陽の眩しさ…

梅雨入り

肺を充す高湿度の空気 気管と肺胞を駆け巡る水分子 出生の秘密を抱えた彼ら ため息ひとつで私由来となる 脳を巡っていた血液も雨に滲み 私の意識は梅雨に溶け出す あなたの意識 誰かの意識 私の意識 じわり

森林浴

音が、聞こえる。可愛らしい小鳥の囀りのようだ。爽やかな風に木の葉が揺れ、聞こえてくるのは、滑らかなシルクのガウンの衣擦れ。日々聞こえてくる音のほとんどは耳障りな雑音であるが、ここは、ショパンの夜想曲第2番のように煌びやかで落ち着いた音楽で満…

北風とチョコレート

土手沿いの道、北風が吹いて、たまらずマフラーを鼻の下まで持ち上げる。水と枯草と羊毛の微かな匂いで鼻腔が満たされると、ふっと、チョコレートとオレンジの甘い香りが、思い出された。 人生で初めて、恋人からチョコレートを貰ったのは、土手だった。ひと…

雪やどり

ねえ、どうして、雨やどりという表現はあるのに、雪やどりという表現はないのかしらね。 貴女は、あの雨の日、バス停でそう言いました。私は貴女にあの時抱いていた、霧雨のような恋心を今でもおぼえています。 その年の春、まだ雪深い山中で、貴女は、道端…

翠色と灰色の心中

苔むす朽木 冬のダム湖 薄荷飴の香り 腐葉土の香り 鴛鴦の羽ばたく音 葉の落ちる音 貴女の心の輪郭 わたしの吐息 貴女の吐息がわたしの心の輪郭に触れて、そうして、わたしは藍に染まる

老人と旅人

あるところに、一人の老人がおりました。老人はかつて旅人でした。7つの海を越え、8つの大陸を渡り、9つの大砂漠を跨ぎ、そして、無数の山や草原や川や町や村を歩いてきたのでした。 老人が歩いたことのない道は、もはやこの地上には、一つもありはしないの…

薄荷色の日

私は砂時計を見ている 陽の当たる窓際に置いてある砂時計 不可逆な時間を可逆的に測る砂時計 クオーツのように透き通る秋の光線 薄い薄荷色に縁取られた揺蕩う焦線 ポプリは君の香り 私はプラムを齧り 君は静かにページをめくる 薄荷色の風が流れ込み 私はた…

星明かりとエーテルに関する幾つかの考察

そこは水で満ちていました。 しかも、恐ろしく軽く、恐ろしく透明な水でした。 あまりにも軽い水でしたから、波も立ちませんし、泡もたちません。 ですから、波が砕けるシャワシャワザブザブという音も、泡が弾けるブクブクパチパチという音も聞こえません。…

今日という日

灰の塔 火葬された心ない人間の骨 鈍色の猫の眼球 消えかかったヘッドライトの光 泥の海で泳ぐ魚 その嘆息は真珠のごとく 仮面の男 仮面の女 血涙の跡はひび割れ ガサガサと風を鳴らす 西から登る太陽が金色の矢を放ち 朝を歌う小鳥の心臓を射抜く 積まれた…

春霞の味

「ねぇ、水素よりも透明な水で作ったウイスキーはどんな味がするかしら。」 貴女は少し眉をひそめ、呆れたように、こう返した。 「海の水なのよ。しょっぱいに決まってるじゃない。塩味よ。」 僕は、夢がないなぁ、とため息まじりに呟いた後、鈴の音の様な味…

bisque doll

透き通る磁器の肌 紅く燃える薔薇色の唇 夜空を写したガラス玉の瞳 朝露でたっぷりと濡れたまつげ I'm your father. 微笑んでおくれ、夜の森の静けさで。 I'm your mather. 泣いておくれ、蜜の様に甘い声で。 You are the daughter. ただ、一握りの感情も持…

幼馴染と変曲点

告白して、恋が成就したからって、その瞬間から恋人同士になるわけではないと思う、そう、あなたは言っていた。 人間の関係は不連続ではないのだから、告白した瞬間が特異点になって、ステップ応答のように、関係が変わることなんてありえないとかなんとか、…

雨やどりのクリームソーダ

昨日の天気予報どおり、今日は今朝からずっと雨が降っている。 私は1人、早めの夕飯を済ました後、傘を2本持って駅前の行きつけの喫茶店に入った。 「お待ち合わせですか。」 そう、声をかけてくれた若い給仕さんは、最近入ったばかりなのだろう。顔に覚えが…

ちらし寿司

朝起きると、泣いていた。 きっと、昨日街で見かけた、可愛らしいカップルのせいだ。 女性の手を一生懸命握って、にこにこしている男の子。 女性の方もなんだか、誇らしげな顔をしていた。 私は祖母を亡くして随分と時間が経った。 成人した姿を貴女に見せる…

赤ずきん

私は赤ずきん。 あなたはおおかみ。 こんな幼気な私を、丸呑みにするのかしら。 私、肌はみずみずしいのよ。 マスカットみたい。 私、お腹も柔らかいのよ。 ママの作るシフォンケーキみたい。 私の細い首にその犬歯を突き立ててちょうだい。 鳴呼、早く、私…

甘い毒

その香りは私の心臓を鷲掴みするの。 貴方がね、近くにいると喉が渇いてきて、空調が効いているのに汗が滲んでくるの。 汗の匂いがしていないかしら、私は天女ではないので、きっと毛穴も見えてしまうわ。 睡眠不足のせいね、頬骨のてっぺんに出来た小さな発…

終世記

第一日 彼がやってくる。 死の病原を撒き散らしながら。 第二日 彼が街を蹂躙していく。 たくさんの死体と瓦礫と孤独を生み出して。 第三日 彼が全てを焼き尽くす。 死体も瓦礫も孤独も、そして悲しみさえも、その一片も残さず、灰すら残らない。 第四日 悲…

蜂蜜とドーナツ

蜂蜜を頂戴。 ドーナツにかけるの。 キスして頂戴。 ドーナツのあなの中、甘い秘蜜で一杯にしたいの。 そうしたらね、お礼に、蜂蜜のかかったドーナツをあげるわ。

ライラック

愛する者を失うのが、これほど恐ろしいものであると、実感できたのは、あの、汽車の中だった。 君との友情が、本当にこのまま、永遠に失われてしまうとしたら、そう考えると、パイプをくわえた口が、パイプを持つ手がぶるぶると震えた。 私は私の怠惰を呪っ…

嫌いなものと好きなもの

あたし以外の誰かに向ける、あなたの微笑みが嫌い。 あたし以外の誰かに向ける、あなたの優しさが嫌い。 あたしじゃないあの子に向ける、あなたの好意が嫌い。 あなたがあたしに向ける、好きという言葉が一番嫌い。 そうして、あなたを大嫌いなあたしがあた…

銀木犀

ねぇ、とあなたが私に声をかける。金木犀の甘い香りがするわねと、嬉しそうにあなたが言うので、金木犀は銀木犀の突然変異種なのだと私はあなたに教える。 少しの沈黙の後、甘く涼やかな風がざあっと吹く。 香りも色も違うけれど、元は同じ花なのね、なんだ…

乱痴気騒ぎ

さあ、靴を鳴らせ。 地面を踏み抜いて。 さあ、喉を鳴らせ。 渇きを血で潤して。 さあ、手を叩け。 ありったけの憧憬を込めて。 荒れ狂う喝采と渇望と賛辞のなか、 この、乱痴気騒ぎの道化となれ。 この機をのがすな。次は遥か4年後だ。

綿菓子

どうか、真綿で首を絞めて、優しくキスをして。それから、唾液も脳髄も優しく奪って。 私は静寂を手に入れて、あなたは悲しみを失って。 私たちの恋は綿菓子で、甘くて、甘くて、そして、決して何も残らないの。

林檎とりんごとリンゴ

林檎はきっと甘酸っぱい貴女との初恋の味がする。りんごはきっとあまい、しあわせなあなたのあじ。リンゴはきっとすりリンゴがおいしいの。

恋文

私は貴女に愛されたい。 それが叶わぬのならせめて、貴女の手で私の細い、華奢な首を、花を摘むように優しく手折って、この少しばかりの希望を、摘んで欲しいと、そう思うのです。

コミュニケーション

ああ、早く、あなたの脳とわたしの脳を繋いでください。そうしたら、意識も共有されるのかしら。あなたがわたしに、わたしがあなたに。きっと、好きだとか、嫌いだとか、そんな下らない意識はとろけて、無くなるのでしょう。 きっとね、幸せよ。