雪やどり
ねえ、どうして、雨やどりという表現はあるのに、雪やどりという表現はないのかしらね。
貴女は、あの雨の日、バス停でそう言いました。私は貴女にあの時抱いていた、霧雨のような恋心を今でもおぼえています。
その年の春、まだ雪深い山中で、貴女は、道端の曼珠沙華を手折るように、そっと、自ら命を絶ったのでした。
その知らせを母から聞いた時、私はその情景を夢想しました。
白色と灰色に包まれた世界で、貴方は純白の雪原に横たわり、なめらかな肌は徐々に生気を失って白く透き通っていくのです。
舞い落ちる風花がまつげに触れ、微かに残る体温によって融解し、涙のように瞳を濡らすのですが、とうとう、体温を失った貴方のまつげには白い霧氷が咲き、貴方はまるで磁気人形の氷の女王のようです。
この氷世界で生ある色は紅蓮色の貴女の唇と制服のスカーフだけでした。
ああ、何と静謐な死なのでしょうか。
私は、悲しさよりも、憧憬を抱いたのでした。
私も貴方のように美しく死ねるでしょうか。
いいえ、きっと、醜いにきまっています。
ですから、私はもう、長い間、貴方の後を追うことすら出来ないのです。
美冬
私は、あの日から、ずっと、雪やどりをしています。
こんな私を許して下さいね。
ある女の遺書より