言の葉の火葬場

心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく、書いて、吐いて、そうしてどこにもいけない、言葉達をせめて送ってあげたい。そんな火葬場。

森林浴

音が、聞こえる。可愛らしい小鳥の囀りのようだ。爽やかな風に木の葉が揺れ、聞こえてくるのは、滑らかなシルクのガウンの衣擦れ。日々聞こえてくる音のほとんどは耳障りな雑音であるが、ここは、ショパン夜想曲第2番のように煌びやかで落ち着いた音楽で満たされている。

鼻で大きく息を吸う。生ある者たちの残り香が、鼻腔いっぱいに広がる。潮風にも含まれる、死にゆく生命の香りである。森であれば腐った草木や死んだ虫、動物達の香り。それは腐葉土の香りだ。この香りを嗅ぐのが、私は何よりも好きだ。

眼前には水面が光を受けて艶々と輝いている。それは、最高級のボルドーワインでも到達し得ない、甘美な色彩であり、手に掬って口をつけたくなる衝動を抑えられない。

やはり、森林浴はいい。日々の疲れを癒すために私は、時折、秘密の森林浴をするのである。

その時、背後で携帯電話の通知音がなった。幸福で満たされていた心が急激に冷えていくのを感じた。そして、森林浴を邪魔されたことに、酷く苛立ちを感じた。

立ち上がりテーブルの上の携帯電話を覗き込んだ。妻からだ。帰宅時間の連絡をするようにとの旨だ。私は手袋を取り外し、携帯電話を手に取り「今から帰る」とだけ送信すると、ポケットに押し込んだ。

そして、大きなため息をつきながら、倒れている女に近づき、小鳥の囀りのように、可愛らしく鳴る喉からナイフを引き抜いた。