言の葉の火葬場

心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく、書いて、吐いて、そうしてどこにもいけない、言葉達をせめて送ってあげたい。そんな火葬場。

ちらし寿司

朝起きると、泣いていた。

きっと、昨日街で見かけた、可愛らしいカップルのせいだ。

女性の手を一生懸命握って、にこにこしている男の子。

女性の方もなんだか、誇らしげな顔をしていた。

 

私は祖母を亡くして随分と時間が経った。

成人した姿を貴女に見せることができなくて、悔しかったという気持ちが、ふと、線香の香りのように微かに思い出されて、不意に涙が出そうになることが、まだ、ある。

ああ、そうだ、今日の夕飯は、スーパーでちらし寿司を買って帰ろう、そう心に決めて私はネクタイを締めた。

赤ずきん

私は赤ずきん

あなたはおおかみ。

 

こんな幼気な私を、丸呑みにするのかしら。

私、肌はみずみずしいのよ。

マスカットみたい。

私、お腹も柔らかいのよ。

ママの作るシフォンケーキみたい。

 

私の細い首にその犬歯を突き立ててちょうだい。

鳴呼、早く、私を食べて。

 

だめよ、これ以上、焦らされたら、私の中の狼がきっとあなたを丸呑みにしてしまうわ。

甘い毒

その香りは私の心臓を鷲掴みするの。

貴方がね、近くにいると喉が渇いてきて、空調が効いているのに汗が滲んでくるの。

汗の匂いがしていないかしら、私は天女ではないので、きっと毛穴も見えてしまうわ。

睡眠不足のせいね、頬骨のてっぺんに出来た小さな発疹も、貴方に見られたくないのよ。

だからね、近づきたくないの。

いいえ、嘘。

本当は、近づいて欲しいの、触れて欲しいの。

貴方が好きよ。

カラン

今、男のくせに甘いお酒が好きだなんて格好が悪いな、と思ったでしょう。なんて、そんなことない、カルーアミルクが大好きなところも好き。

でも、後半は声に出ない。

貴方と口づけをしてみたい。

カルーアミルクの味がするかしら。

でも、きっと、猛毒だから、唇は火傷のように爛れてしまうわ。

そうして、唇の毛細血管から侵入した、その甘い毒が身体中の血管を破裂させて、私は死んでしまうと思うの。

 

 

終世記

第一日

彼がやってくる。

死の病原を撒き散らしながら。

第二日

彼が街を蹂躙していく。

たくさんの死体と瓦礫と孤独を生み出して。

第三日

彼が全てを焼き尽くす。

死体も瓦礫も孤独も、そして悲しみさえも、その一片も残さず、灰すら残らない。

第四日

悲しみを失った世界に彼は立つ。

大地の砂と同じだけあった悲しみはどこにもない。

第五日

彼は世界を見渡す。

世界には意味のあるものは何もなく、光と、大地と、海と、空とが、ただ彼のためにある。

第六日

彼は咆哮をあげる。

答えるものはおらず、大地も、海も、空も、もはや必要とされない。

第七日

彼は静かに目を閉じる。

そうして世界は光を失った。

 

 

ライラック

愛する者を失うのが、これほど恐ろしいものであると、実感できたのは、あの、汽車の中だった。

君との友情が、本当にこのまま、永遠に失われてしまうとしたら、そう考えると、パイプをくわえた口が、パイプを持つ手がぶるぶると震えた。

私は私の怠惰を呪った。

私は私の君への愛を実感した。

私は私の君への愛を疑った。

そうして、私は今まで信じてきた私の知識と、記憶と、観察力がたった一人の友人を守れなかったことに絶望した。

 

ただ、君が心配であった。

 

それでも、客観的に、冷静に、状況を整理し仮説と論理を組立てるために、坂道で車輪止めを失った馬車の車軸のように慣性に従って、転回している私の脳一部が、狂おしいほど、恨めしかった。

熱を持った有機的な感情と、どこまでも冷たく無機質な推理が脳の中で散乱し、ハレーションを起こし、そのまぶしさで涙を流した私の瞳は、確かに車窓からライラックの存在を認めた。

 

 

嫌いなものと好きなもの

あたし以外の誰かに向ける、あなたの微笑みが嫌い。

 

あたし以外の誰かに向ける、あなたの優しさが嫌い。

 

あたしじゃないあの子に向ける、あなたの好意が嫌い。

 

あなたがあたしに向ける、好きという言葉が一番嫌い。

 

そうして、あなたを大嫌いなあたしがあたしは好きなの。